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さてご無沙汰になりましたが、超高速で過ぎ去っていく日々を振り返る事はやはり必要だと再確認をしたため、一日に一つ位は感動を刻んでいこうと思います。 今日は自分の事ではなく、掃除に学ぶ会の大谷さんから教えてもらったサイトのメルマガを引用してみようと思います。 以下、引用↓↓↓↓ ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ ウエジョビメルマガ 1,595部 【私が一番受けたい授業】〜心が動けば、人は変われる! 2006.3.19 第27号 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ ■吉田松陰の生きざま 第1回 昨年の10月に、佐藤芳直さんの吉田松陰セミナーに参加しました。 で、今日はそのセミナーの報告とあわせて 「教育の本質」をテーマに、いろいろとお話したいと思います。 吉田松陰が教えていた 松下村塾(しょうかそんじゅく)っていうのは、 山口県の萩市にありました。 松下村塾というと、高杉晋作らが出ていて 「奇跡の学校」と言われているくらいですから、 みなさんすごく立派で大きな建物を想像すると思うのですが、 実際には、8畳と6畳の二間だけの 小さな民家のような建物です。 そこで吉田松陰は何をしたかって言うと、 たった1年と1カ月、 79人の若者に、いろんなことを教えたんです。 その門下生には 高杉晋作、久坂玄瑞、桂小五郎…後の木戸孝允、 伊藤博文、山県有朋というような そうそうたるメンバーがいたということです。 そして、その時代にヨーロッパに留学した門下生も 何人もいた、ということです。 「その時代」と言うのは、1850年頃ですから、 「ヨーロッパって、どこ? どんな言葉話しているの? どうやって行ったらいいの?」といいような 時代ですよ。 その時代に、「日本のためにヨーロッパで勉強してくる」 と言って、何人も行っちゃうんですからね。 さらに、その門下生の中から、 明治維新後の総理大臣が二人、 …ちなみに、伊藤博文が初代総理大臣ですよね。 山県有朋が二代目の総理大臣です。 そして10数名の、大臣… …今で言えば、文部科学大臣とかね、 そんな大臣が、10数名も出たんです。 しかも、松下村塾というのは、 別に優秀な人を日本中から集めてエリート教育をしたわけじゃないんですね。 近所にいる人、誰でもいいよ。来たい人来なさい。 って言って、たまたま集まった79人の人に1年1カ月教えただけで、 これだけ優秀な人たちがたくさん出たと、 スゴイ数ですよね。 ウエジョビで言えば、 今の在校生の中から、総理大臣が10名出るとか、 そんなレベルですよ。 長野県で考えたって、 総理大臣はまだ1人しか出ていないのに。 そう考えると、松下村塾がいかにすごい学校だったかが おわかりいただけると思います。 吉田松陰の言葉の中で 「志を立てて以って万物の源となす」 という言葉があります。 これは、 「自分はどのような道で 人のお役に立っていくのかを まず決めなさい。 それが決まったら、その道を極めなさい」 と、そんな意味です。 「まずは志なんだ」 と、そんな事をいつも言っていたそうですね。 佐藤芳直さんは、 「この言葉は、今の時代でもそのまま通用する。 どんな状況、どんな組織でも これがすべての根幹だ」 とおっしゃっていました。そして、 「人間は、誰かの役に立つことによって 存在価値を発揮する」 ともおっしゃっていました。 最近、佐藤芳直さんがよくマザーテレサさんの言葉を使われるんですが、 マザーテレサさんの言葉で 「人として一番悲しいことは、 人から嫌われることではなくて 誰からも必要とされないこと」 というものがあります。 つまり、人から相手にされないとか、 頼りにしてもらえない、役に立てない… …これが、一番悲しいことなんだ、と。 逆に言えば、 「人の役に立てることこそが、 人として一番嬉しいことなんだ」 なんて、マザーテレサさんが言っていたそうですが、 まさに、芳直さんが言う 「人間は、誰かの役に立つことによって 存在価値を発揮する」 と同じことかなぁと思います。はい。 で、芳直さんは、 海軍兵学校の景山崇人(かげやまたかと)さん という方の話をして下さいました。 私も知らなかったんですが、 当時、学校の中では海軍兵学校が一番難しくて、その次が陸軍士官学校、 その次が、現在の東大である一校だったらしいですね。 つまり、 海軍兵学校には、当時もっとも優秀な人たちが集まってくる、 そんな所だったそうです。 ここを卒業した人たちは、将来の軍隊の幹部、 「士官」と言われる人たちになっていくんです。 で、この景山さんが海軍兵学校にいた時の 校長先生は、井上茂美さんという方でした。 この方は、教育者としてはすごく立派な方で そのエピソードがたくさん残っているんです。 例えば、 学生たちが毎日、訓練で走ったり運動したりするわけですが、 この井上校長は、いつも校門のところに立って、 その姿をずっと見ているそうです。 あるとき、学生が 「校長先生はなぜそこにずっと立っていらっしゃるんですか」 と聞いたところ、 「君たちの顔を見ずして、 君たちに何を教えることができるのか。 私は、君たちの顔を見るために ここに立っているんだ」 と言ったとか… 戦争が終わりに近づいてきて、 日本が絶対に勝てないような状況だということが わかってきた時に、 終戦となったら、 海軍兵学校の若者達は、軍人としてではなく、 一般の市民として世の中に出ることになるわけですから、 「これからは、 鉄砲の撃ち方なんて知っていても 何の役にもたたん。 社会に出るためには、 もっと重要なことがある」 …と言って、軍事に関する勉強をものすごく減らし、 社会に出るための勉強をした、とかですね。 …海軍兵学校で、ですよ。 「軍隊の幹部を育てる学校なんだから、 軍事のことだけを教えるのが私の任務だ」 …と考えていれば、そんなことはしないですよね。 本当に若者たちの将来のことを考えていた という表れだと思うんです。 井上さんは、1945年5月に海軍大将に任命されます。 つまり、最後の海軍大将になるわけですね。 8月に終戦を迎えましたから。 景山崇人さんは、 海兵74期生として海軍兵学校に入学し、1945年3月に卒業しています。 1945年といえば、終戦となった年ですよね。8月15日に。 ずっと軍隊に入ることを目指して勉強をしてきて、 やっと海軍に入ったらたった5ヶ月で終戦となってしまった ということです。 景山さんは終戦後、 「タカキベーカリー」というパン屋さんに勤めました。 ある日、景山さんの同期の方が、 井上さんに会いに行く、と言ったそうです。 景山さんは、 自分の作ったチーズケーキをその人に託して、 井上さんに渡してもらったそうです。 この時の景山さんは、 実は、じくじたる思い(恥ずかしい思い)があったんです。 「自分は、 国のために海軍兵学校に入って 軍人として、国の役に立とうと思っていたのに 何のお役にも立てないまま、 今はこうしてパン屋に勤めている。 …自分の生きている、 この「パン屋」という道はどうなんだ、 自分の志はどこへいってしまったのか 」 …という、思いだったそうです。 しばらくしてから、景山さんの元に、 井上茂美さんから、1通の手紙が届きました。 そこには、こんな風に書いてあったそうです。 「海軍にご奉公して国の役に立つも、 美味しいチーズケーキを焼いて 国民の約に立つも同じ」 非常に短い文章ですが、 景山さんは、この手紙を読んで、本当に嬉しかったそうです。 タカキベーカリーは、当時からどんどん大きくなって、 いまや従業員数約2,000名となり、 広島を代表する大企業になっていますが、 景山さんは、このタカキベーカリーで その後社長を務め、今は相談役となっているそうです。 きっと、あの手紙を読んで、 「チーズケーキやパンを焼いて 国民の役に立とう この道で生きていこう」 と決心したのではないでしょうか。 景山さんが、佐藤芳直さんにこの話をした時は、 泣いたそうです。30秒くらい。 「あの手紙は本当に嬉しかったですね…」と言って。 もう80歳くらいのおじいさんなんですけどね。 芳直さんは、 景山さんが涙する姿を見て、まさに 「教育とは、生きていく勇気を与えること」 だと、おっしゃっていました。 この手紙を読んで、 景山さんは、まさに吹っ切れて、 「このパン屋に打ち込んでいこう」 と決心することができたんですからね。 この手紙が、 景山さんの人生を変えたのではないでしょうか。 芳直さんは、 「教育とは、矯正することでもなければ、 知識を詰め込むことでもない。 教育とは、生きていく勇気を与えることである。 勇気の一部が、知識や技術であることはあっても、 知識や技術そのものが勇気であるはずはない 」 とおっしゃっていました。 大事なのは 「人の役に立つ方法を教えるのではなくて お前は役に立つ人間なんだと教えること」 だとおっしゃっていました。 「役に立つ方法」を教えると 「人間の役割」というところからは、 はずれてしまう、というんですね。 方法というのは人それぞれ違うわけですから、 方法…「やり方」を教えると 本来の目的を見失って ただただそれをこなすようになってしまいます。 「お前は役に立つ人間なんだ」 というのは「やり方」以前の「あり方」…姿勢にかかわってくることですよね。 自分が役に立つ人間なんだということがわかれば、 じゃあ、人の役に立つためには、 その自分の長所をこんな風に活かそう、 こんなことをしよう…と自分で考えられるようになるんです。 <次号に続く> 改めて自分に問おう。 私の志は? |
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