野口嘉則ブログ「悲しみを癒すプロセス。子守唄と共感性。」


本日は「鏡の法則」で有名な

「野口嘉則」のブログから引用です






こんにちは、野口嘉則です。

今回は、「悲しみを癒す」 というテーマでお話しします。



僕たちは、人生においてさまざまな悲しみを体験しますね。

大切な人と別れたり、
大切なものを失ったり、
これまでできていたことができなくなったり、
これまで果たしていた役割りを失ったり、
これまで目標や生きがいにしてきたことをあきらめたり・・・

こうした喪失体験は本当に辛いものですし、
それによって僕たちは、深い悲しみを味わいます。



こうした悲しみを癒し、喪失の傷から回復していく過程を、
「悲嘆のプロセス(グリーフのプロセス)」 と言います。

人は、このプロセスを経て悲しみを癒し、
新しい人生を歩み始める力を得ていくのですが、

過去に、このプロセスをきちんと経なかったために、
悲しみが癒されないまま、心の底に残ってしまい、
今も僕たちの感情や行動に影響を与え続けているケース
は珍しくありません。







多くの人がよくやってしまうのは、悲しみの抑圧です。

悲しいという感情を感じまいとして、
それを無意識下に抑圧してしまうのです。

抑圧された悲しみは、癒されないまま残り、
ときに、その人の生きる力を低下させることさえあります。



悲しみを抑圧しないためには、
あるいは、抑圧された悲しみを癒すためには、

まず、悲しみや落ち込み等の感情を
十分に吐き出すことが必要です。


そして、そのためには、
誰かに聞いてもらうことが有効です。

そして、話を聞いてもらっていて泣きたくなったら、
存分に泣くことをお奨めします。

泣くことは、悲しみの解放につながるからです。

(話を聞く側は、励ましたり元気づけたりするのではなく、
話す人の悲しみに寄り添うように、受容的・共感的に
聞いてあげることがポイントです)



ただし、あまりに悲しみが大きすぎて、
その悲しみに「耐えきれない」と感じるときや、
「今はまだ話したくない」 と感じるときは、
無理をしてまで悲しみと向き合わないことです。

「悲しみと向き合う準備が整った」と感じるときが、
きっとやってきますので、
そのときにあらためて向き合って下さい。



さて、では 「悲嘆のプロセス(グリーフのプロセス)」 とは、
どのようなものでしょうか。

どのようなプロセスを経ることで、
僕たちは、喪失体験の傷から回復していくのでしょうか。



「悲嘆のプロセス」としては、
アルフォンス・デーケン氏の 「12段階の悲嘆のプロセス」 が
有名ですが、

ここでは、よりシンプル化されたものを紹介します。

水澤都加佐 氏の「悲嘆のプロセス(4段階)」です。



(1)ショック

激しい衝撃の後、自分を守るために現実感がマヒする
        ↓
「きっと何かの間違いだ」 と否認する
        ↓
マヒから醒め、パニック(泣き叫ぶ、眠れない、等)に陥る



(2)怒り

「なぜ自分がこんな仕打ちを受けるのか」 と怒りを覚える
        ↓
周囲の人や、特定の個人に対して、敵意という形で
やり場のない感情をぶつける



(3)落ち込み

「あの時、こうしていれば・・・」 と後悔し、自分を責める
        ↓
幻想にひたったり、孤独の中で悲しみにくれる
        ↓
すべてが虚しくなり、気力を失う



(4)受容

あきらめとともに現実を見つめる
        ↓
少しずつ希望が戻ってくる
        ↓
悲しみが消えるわけではないが、自分が扱える大きさに
までなり、新たな人生を歩み始める


(『グリーフ・ワーク』 水澤都加佐 著、アスク選書2 より)



以上が「悲嘆のプロセス」です。



悲しみを癒すということについて、より詳しく知りたい方や、

また、大切な人を亡くしてしまって、
大きな悲しみに直面している方には、

次の本をオススメします。


『愛する人を亡くした人へ ~悲しみを癒す15通の手紙~』
(一条真也 著、現代書林)


愛する人を亡くした人へ ―悲しみを癒す15通の手紙



著者の一条さんが、
「別れ」「いのち」「受容」「癒し」「愛」「再生のシンボル」など、
15のテーマについて、手紙の形で語りかけてくる内容です。

一条さんのハートフルなメッセージが心に響きます。

この本の中で紹介されている、ルドルフ・シュタイナーの話も、
大変興味深いものです。

シュタイナーは、人智学の創始者であり、
シュタイナー教育の提唱者でもありますが、

彼は、講演や著書で「死者はあの世で生きている」と主張し、
死者に働きかける方法(=死者を供養する方法)まで語って
いるのです。

また、この本の中には、
アルフォンス・デーケン氏の「12段階の悲嘆のプロセス」の他、
平山正実氏の「悲しみを癒すための 10か条」や、
E・A・グロルマンの「死別の悲しみを癒すための10の指針」も
紹介してあります。



以上、オススメ本をご紹介したところで、

悲しみと向き合うということについて、
さらにお伝えしたいことがあります。



以前、山折哲雄さんがご講演の中で、
次のようなお話を紹介されていました。



今から二十数年前のこと、ある全国紙の投稿欄に、
一人の若い母親からの投稿が掲載されました。

「子どもを寝かしつけようとして子守唄を聞かせたら、
子どもは眠るどころか、逆に、むずかり始めました。
さらに子守唄を聞かせたところ、布団にもぐりこんで
拒否反応を示しました」
という、困惑を訴える投稿でした。


そしてその翌日から、その新聞社に、
同じ悩みを訴える母親の投稿が、
全国から殺到したそうです。

これには新聞社も驚いて、
この現象の原因を探ったのですが、
すぐには原因は見つかりませんでした。


そして翌年になって、
一人の作家がその原因を究明し、
次のような論文を発表しました。

山折先生のお話からすると、その論文は、
おおよそ次のような内容だったようです。

--------------------------------------------

生まれた子どもたちは、どんな音環境で育つのか。
それを調べてみると、今の子どもたちはテレビの音を
長い時間、聞いて育つことがわかった。

そして、そのテレビから聞こえてくる音楽といえば、
朝から晩まで流れているCMの音楽(CMサウンド)。

このCMの音楽は、明るい曲、陽音階の曲ばかりで、
短音階(マイナー)、短調、陰音階の曲がほとんどない。
つまり、“悲哀のメロディー”がほどんどない。

だから今の子どもたちは、
悲哀のメロディーに触れる機会が少なく、その結果、
それに対する拒否反応を示すようになる。

--------------------------------------------



当時(今から二十数年前)、この論文を読んだ山折先生は、
「これは恐るべきことではないか」 と直感したそうです。

さらに山折先生が調べてみると、
幼児教育や低学年教育の音楽教材から、
「五木の子守唄」「竹田の子守唄」「島原の子守唄」など、
悲哀感あふれる歌詞とメロディーを特徴とする “日本の
子守唄” が姿を消していたそうです。

(子守唄で残っていたのは、ヨーロッパの裕福な家庭を
舞台にした 「ブラームスの子守唄」 と 「シューベルトの
子守唄」 だけだった)



山折先生は危惧したそうです。

「悲哀のメロディーを聞かずに育つ子どもは、
悲哀のメロディーに拒否反応を示す子どもは、
他人の悲しみに共感したり、他人の痛みを理解したり
できるようになるのだろうか?
どんな若者になるのだろうか?」



そして、それから十年くらい経ったころから、
若者たちの共感性の欠如を示す犯罪や事件が
頻発するようになりました。

若者たちによる “おやじ狩り” や “ホームレス狩り” が
社会現象になりました。

13人の死者と6300人の負傷者を出した地下鉄サリン事件も、
逮捕された関係者(=オウム信者)の多くが若かった。

神戸連続児童殺傷事件は中学生による、
光市母子殺害事件は 18歳の少年による、
秋葉原無差別殺傷事件は 25歳の若者による犯行でした。



さて、話はちょっと飛躍しますが、

「日本の国土以上の面積を持つ 一つの国で、
200年以上も戦争がなかった」という例は、
人類の歴史の中で、
日本の平安時代と江戸時代の二例しか存在しません。

ヨーロッパにも、アジアにも、アメリカ大陸にも、
200年以上平和が続いた地域は存在しないのです。

まさに日本は、「和の国」であったわけですが、
これはもちろん、日本人の “和の精神” によるものだと
思います。



そして、その “和の精神” の根底には、
「もののあはれ」や「わび、さび」「無常観」を大切にする
“陰の精神文化”があります。

日本人は、しみじみとした哀愁や情趣を愛し、
他人の悲しみや痛みに共感する感受性を育んだのです。

これを河合隼雄氏は、次のように表現しておられます。

「キリスト教精神の根底には、“原罪”という概念があるが、
日本の伝統的精神には、“原悲”ともいうべき感覚がある」



この、他人の悲しみや痛みに対する共感性の高さゆえに、
日本人は元来、戦いを好まず、平和な国を作ってきたと
いえるでしょう。

そしてその精神は、
民謡や子守唄などにも歌い継がれてきたわけです。



あと、武田鉄也さんの『贈る言葉』という歌の中にも、
次のような言葉がありますね。

「人は 悲しみが多いほど 人には優しくできるのだから」

これは真理だと思います。



さて、ここで日本の“陰の文化”に対比させるために、
“陽の文化”といえるアメリカに焦点を当ててみましょう。



世界中どこの国でも、
「アメリカ人のイメージは?」って聞くと、
「陽気で、明るくて、ポジティブ」 という答えが返ってきます。

アメリカ社会には、
「ポジティブなのがいい、ネガティブはダメ」
という、善悪二元論的な風潮があります。



「ポジティブにハッピーエンドで終わってスッキリ」
というのが、
ハリウッド映画によく見られるパターンですね。

悲しい結末で終わるはずの「フランダースの犬」でさえも、
アメリカのハリウッド版はハッピーエンドで終わります。
(ネロもパトラッシュも死なずに救われます)

異常なまでにネガティブを避けていますね(^^;



ネガティブものを悪いものとして抑圧し、
ひたすらポジティブであろうとする社会。



つまりアメリカは、ネガティブ抑圧型の社会であり、
これは、無意識への抑圧の結果として“シャドー”が肥大化
する社会でもあります。

表面的にはポジティブな国民性ですが、
2000万人(成人の10人に1人)がうつ病で苦しみ、
アメリカ国内で処方される薬で最も多いのも抗うつ薬です。

また、陽気で明るい国民性の反面、
犯罪大国でもあります。

(さらに詳しく知りたい方は、
『ポジティブ病の国、アメリカ』(バーバラ・エーレンライク著)
を読んで下さい)



僕は別に、
アメリカの悪口を言いたいわけではありません(^^;

実際、素晴らしいアメリカ人を何人も知っています。



ただ、アメリカ文化に見られるように、
「ポジティブこそが素晴らしく、ネガティブは良くない」
という善悪二元論的な発想になってしまうと、

自分の中のネガティブな感情(悲しみ、寂しさ、不安、など)を
抑圧するようになってしまいます。
(それらは無意識に蓄積し、シャドーのエネルギーとなって、
僕たちを振り回すようになります)

そして、感情を抑圧した結果、
感受性が鈍り、他人に対する共感性も乏しくなってしまうの
です。



ですから、アメリカ的な陽気さやポジティブさも取り入れ、
日本古来の陰の精神文化と融合し、

「陰と陽を統合する生き方」をしていきたいものです。



この、「自分の中の陰と陽を統合すること」を、
ユング博士は “自己実現” と呼びました。



ユング博士によると、
“完全性”という言葉には2種類の意味があります。

1つは、マイナスを排除した、プラスのみからなる完全性。

もう1つは、マイナスも含んだ完全性。



そして、本当の完全性とは後者の方。
つまり、マイナスも含んだ完全性こそ真の完全性であると、
ユング博士は言っています。

プラスもマイナスも、善も悪も、陰も陽も、・・・
それら両極を含んで統合したものこそ、真の完全性であり、
それをユングは“全体性”とも呼びました。



今まで自分の中で、
「好ましくない感情」「悪い感情」として抑えてきた感情に
目を向け、
それらを自分の一部として受け入れ、
その居場所を見つけてやること。

これによって、内なる統合が起き、
人間として成熟していくのです。



以上、
今回は 「悲しみと向き合う」「悲しみを癒す」 というテーマで
お話ししました。

この度の震災で、喪失の悲しみに直面しておられる方が
たくさんいらっしゃることを思い、
このお話がなんらかのお役にたてばと考えたからです。


しかし、実際に大切なご家族や知人を亡くされた方たちや
ご家族やご親族の安否がいまだにわからないという方たち
のことを思うと、
その悲しみやご心痛は、いかばかりかと思います。

そのような大きな悲しみやご心痛に直面している方たちに
対しては、
このような情報はわずかの慰めにもならないのかもしれま
せん。

もしも、今回のお話しで不快な思いをされた方がおられたら、
心よりお詫びいたします。



最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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